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岡山市建部町の「たけべ新聞」が創刊10周年 移住者が始めた地域メディア

たけべ新聞の編集長の勝部公平さんと副編集長の三宅優さん

たけべ新聞の編集長の勝部公平さんと副編集長の三宅優さん

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 ウェブローカルメディア「たけべ新聞」が1月10日で10周年を迎えた。

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 同メディアは、編集長の勝部公平さんと副編集長の三宅優さんが、「建部にある自然の魅力」を伝え、「建部のゆとりのある暮らし」を提案し、「高齢化を支える仕組み」を推進する目的で2016(平成28年)1月に開設した。

 岩手県生まれの勝部さんは東京に15年ほど住んだ後、40年ほど前に建部にある研修施設「友愛の丘」のセンター長として建部を訪れ、そのまま建部で暮らすようになった。山の再生活動などをしながらスローライフを推進する中、三宅さんと出会いに「たけべ新聞」を始める。今年で80歳を迎える。

 三宅さんは倉敷市出身。東京で会社勤めをした後、16年前に田舎暮らしをするために建部に移住。ピカソやゴッホなど世界の名作を石で描くなどアーティスト活動も行う。

 2011(平成23)年の東日本大震災の後、避難者や移住者が多く建部町に訪れた。地域の人と移住者の交流を伝える紙の新聞「タネピリカ」を発行していた。5年ほど続けた後、もっと地域に根差した新聞を作りたいと思った三宅さんが勝部さんに相談したことがきっかけで「たけべ新聞」を構想し始めた。建部町での生活をもっと建部町以外の人にも知ってもらうため、勝部さんがウェブ新聞にすることを考案し、数カ月かけてコンセプトを話し合いスタートした。

 建部町は、1967(昭和42)年に御津郡建部町と久米郡福渡町が合併してできた。2007(平成19)年に岡山市に合併し岡山市北区となった。人口は2018(平成30)年時点で約5500人。約2500世帯が住んでいる。旧備前国と旧美作国を隔てる旭川が建部町の中央部を流れていることから、集落によって文化や伝統が違い、川を隔てた向こう側のことは知られていなかったという。

 同紙は最新のトピックスを伝える「ニュース」、建部のこれからを、世代を超えて考える「たけべ楽考」、建部の自然・風物・行事・イベントを伝える「たけべ見遊」、建部のおいしいもの・おいしい店を伝える「たけべ満食」、読者からの投稿もできる「掲示板」などで構成する。

 勝部さんは「世の中には情報がたくさんあるが、生活に近いところの情報が欠けていると思い、出かけて行って、たくさんの人に話を聞かせてもらった。取材させてもらった人の中には、既に亡くなった人も多くいる。10年すると、われわれが人を継ぐメディアのような存在になってきた。楽しい情報の発信だけでなく、特集ページで先輩たちの声を残し、問題提起をして、一緒に考えてきた」と話す。

 三宅さんは「自分たちの考えを押し付けず、若い人に建部のいいところを発見してもらえるような記事を発信してきた。例えば、旭川にかかる『幸福(しあわせ)橋』は、幅1.5メートルの歩行者専用の生活道となっている。何度も流されているし、人しか通れないと言われることがある。渡るときに聞こえる川の流れる音、季節ごとに色彩の違う山々。合理的でないこと、何でもないようなことの中に幸せがある」と話す。

 「今後は肩に力を入れず、もっと心の豊かさを持って暮らせる地域にしていきたい。住んでいる人が暮らしを楽しむこと。働いて自分の時間をお金に換えることでは得られない価値観を大切にしてほしい」とも。

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