提供:岡山盛り上げよう会 制作:岡山経済新聞
2020年、新型コロナウイルスの感染拡大により、働き方・生き方が大きく変わった。総務省が2020年5月に行った「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動に変化に関する調査」によれば、東京都23区のテレワーク実施率は48.4%、地方圏では19%であった。都市部に住む人はテレワークへ移行し、自宅で過ごす時間が増えたと言われる。
「海が見える場所で生活したい」の相談を受けるようになった。リタイアしたシニア世代からはのんびりした環境を求めるニーズはあった。現在ではワーケーションを求め、働き世代のニーズに変わった。
「おかもり会」の正式名称は、「岡山盛り上げよう会」。岡山を盛り上げることが目的で、移住のお手伝いもその中の一つ。「魅力を再発見し生かすことで、岡山が楽しく活気づくよう地域社会に貢献する」が同会の理念。
メンバーは全員がボランティアで、現在22人。年齢は20代から80代までさまざま。士業や経営者もいれば会社員もいる。岡山在住者だけでなく、東京在住の岡山出身者も在籍している。
2012(平成24)年に岡山に移住した代表の佐藤正彦さんと、岡山市で建築業を営む川本学さんの出会いから活動は始まった。川本さんと関東圏に住んでいた佐藤さんの意識には、大きなギャップがあった。
東京都内の相談会では、佐藤さんは自らの移住経験を話した。川本さんは地方での暮らしの良いところ・悪いところを伝えた。お昼休み、トイレ休憩すら取れないほどの人が集まった。参加者は、地震や放射能への不安、食べものや子育てなどの相談を持ちかけた。当時、東京都内では同様の不安を話題にしづらい状況があったという。
川本さんは、「初めて相談会を開いてみると、想像していた以上に参加者は集まった。相談者の中には、涙を流して喜ぶ人もいて、やりがいを増していった」と振り返った。
東日本大震災から「移住」という言葉が一般化した。住民基本台帳人口移動報告によれば、岡山県内の転入超過は、2011(平成23)年は605人、2012(平成24)年は404人となり、1997(平成9)年以来の超過だった。移住の理由は、自然災害が少ないや晴れの日が多いなどから、知人や友人がいるなど様々であった。
岡山市移住・定住支援協議会に2014(平成26)年から参加し、翌年に佐藤さんは会長に就任する。県内の行政機関との連携をしながら、移住相談会、下見ツアーなど同会の活動以外に共同事業を行うようにもなった。
地震がきっかけで始まった「移住」のニーズは初め、生活環境の不安や改善を求めて移住しようとする相談が多かったが、ニーズは少しずつ変化し、セカンドライフを地方で過ごそうと計画する50代、仕事だけして人生を過ごすのは嫌だと移住を考える20代が増えた。関西圏からは就農希望者も一定数いた。
「おかもり会」は、他の移住支援団体に比べると「お父さん」目線だと言われる。移住を考え始めるのは、「お母さん」であることが多い。一方で、移住できない理由は、お父さんの仕事であることが多い。進学などのタイミングで、母親が子どもを育てる環境や地域・学校などを見直すことがある。またその頃、父親は社内での役職が上がり、給与が増えてきた頃でもある。母親から持ちかけられた、地方への移住と転職に二の足を踏む父親は少なくないはず。子どもを優先させたい気持ちもある。しかしながら、給与が下がることもあるし、やりたい仕事ができなくなることもある。「私と仕事、どっちが大事なの」と窮地に立たされるお父さんもいた。このほかにも、離婚を決意したケースもあったという。
セカンドライフを念頭に、移住を考える人もいる。50代くらいになると子育ては終わり、自由に色々と妄想し始める。景色のいい場所、大声で歌っても怒られない場所など、のんびりした場所への移住を考える。この世代のハードルとなるのは、「親」だ。70代から80代の親を抱える人が多く、兄弟のうち誰が面倒を見るのか、高齢者施設という選択肢はあるのかなど相談を受けることもある。
移住の成功と失敗について語るのは難しい。そもそも移住の成功とは、何なのか。定住すれば成功なのか、そもそも定住とは何年以上住むことなのかという規定もない。しかしながら、移住してからも幸せに暮らす人には共通点があると佐藤さんは話す。
移住計画を立てる時、優先順位を家族で考える。家族が一緒に過ごす時間、仕事、子どもの学校、夫婦の関係、両親との関係など、価値観はそれぞれ違う。移住に成功する人は、人生設計や互いの価値観についてよく対話している人だという。住む場所が変わることは、人生にとって大きな変化で、価値観が揺さぶられる。パートナーや家族とよく話し合い、同じ方向を向いていることが移住の成功への近道であり、幸せな人生の糸口なのかもしれない。
計画的になんでも進めようとすると、思い通りにいかず、壁にぶつかることがある。そんな時、悲観的ならず少し楽観的に考えられるようになることも大切だと佐藤さんは話す。
「古民家に住みたい」というニーズも多い。古民家があるエリアは街から遠い山間部であることが多い。車の免許を持っているかが鍵となる。また、改修工事には多額な費用がかかることもある。すきま風も入るし、虫も出る。田舎暮らしの代名詞とも言える「古民家」だが、断念するケース方が非常に多い。
岡山市や倉敷市などの比較的、都市部の街を勧めることが多い。家も購入するのではなく、賃貸で住んでみることを勧める。「おかもり会」では、独自の下見サポートをすることもある。車に乗って、希望のエリアやニーズから合致しそうな場所を一緒に巡る。
もちろん、岡山県内をくまなく見て回ることはできない。細かいデータをたくさん見ても、実際に来てみないとわからないことが多い。この時のフィーリンングを大切にしてもらっている。感じた印象を信じて、まずは住んでみる。賃貸の部屋を借りておけば、やり直しもきく。柔軟に生きることを「移住」は教えてくれる。
「おかもり会」では「衣・食・住」はもちろんだが、移住を考える人には、意識、考え方、価値観の「意」、働き方や働く場所を考える「職」、どこに住むか・誰と住むか・どんな風に住むかの「住」の3つを大切にしている。佐藤さんの移住体験から考え方が生まれた。
代表の佐藤さんは移住者でもある。当時の佐藤さんは、神奈川県横浜市に住み東京都内の会社に勤務していた。やりたい仕事ができ、働くのが楽しい時期でもあった。当時32歳で、子どもと妻の3人暮らし。移住を考え始めたのは、東日本大震災の後、食の安全について妻と話し合ったという。
毎日の生活を振り返ってみれば、家と会社の往復。休日には、公園や近くのスーパーやショッピングモールに行く生活だった。日常に決して不満があったわけではなかったが、ここに住んでいる理由を感じることもなかったという。住みたい場所に住むという生き方を選び、移住先を検討し始めた。
北海道や沖縄という選択肢もあった。気候などを考慮すると、神戸・広島・金沢・徳島など西日本の街が有力だった。瀬戸内の穏やかな土地柄には興味があった。都市で便利過ぎず、田舎で不便過ぎず、自分たちに合った環境を想像しては話し合った。訪れたことのある街もあれば、友人が住んでいる街もあった。結果的には、これまで縁のなかった街・岡山市を選んだ。「新しい場所に住むのなら、冒険するようにわくわくしたい」と意見が妻と一致した。
生活の基盤になるのは、仕事。社会の中で生きることを考えれば、どんなに夢を描いても仕事があって収入がなければ叶えられない。佐藤さんの場合、できることはなんでもしようという気持ちで、仕事探しのハードルを下げた。勤務地・岡山と記載のある求人情報にはなんでも登録し、応募した。行ってみないとどんな仕事があるかもわからない。返事をもらえた企業の中から話を聞き、就職先を考えようという気持ちで応募した。どんな企業が返事をくれるのかも楽しみだったという。約1週間待っていると3社から返事がきた。うどん店の返事は、未経験の理由でお断りのメールだった。
返事があった企業の一つに東京の企業があり、すぐに面接に行った。給与は現状より下がると告げられる。年収が下がることを覚悟していた。しかしながら、企業の事業と佐藤さんのスキルが合致したこともあり、悪くない結果になった。佐藤さんはだめなら次を探すという気持ちもあり、思い切って交渉をしたと振り返る。5月に始めた就職活動はすぐに終わり、8月から岡山で働き始めていた。
住まいは、妻と子どものインスピレーションに任せた。勤務先が決まり、誰も土地勘のない場所を旅する感覚で岡山を訪れ、2泊3日で決めてきた。佐藤さんは引っ越しを決めてからは、1度も岡山へは来ていない。
佐藤さん家族の移住体験は、特殊な移住かもしれない。おそらくどの人・どの家族もそれぞれが特殊で同じ移住体験はないのかもしれない。佐藤さんは、「自分で決断して、自分で動いてみる。ほっと落ち着ける場所を手に入れて、良かったと思える瞬間があれば、成功なのではないだろうか」と話す。
岡山市など行政と一緒に移住の手伝いをするようになり、岡山県内のいろんな場所のことを知り、伝えるようになった。岡山市は政令指定都市でもあり、倉敷市には文化も芸術もある。日本六古窯の備前焼もあれば、雄町米を使った酒蔵もある。海もあるし、山もある。新見市や新庄村では、全世帯に光回線を引けるなどの取り組みをしている。人によって良いと感じるところ、そうでないところ、バリエーションが多いのが岡山の特徴だ。
これまで地域の魅力を伝えるために色々な企画をしてきた。今回、初めて「刀剣」の展示・販売・を行う。書籍「備前刀」(山陽新聞社)によれば、国宝に指定される日本刀は111振りあり、そのうち52振りが岡山県の日本刀だという。岡山は刀剣の国でもある。
当日は、日本刀を約50振りと火縄銃などの展示を行う。撮影用の鎧(よろい)を着ての記念撮影ができるブースも予定している。オンラインでは、刀剣初心者向けのトークショーと移住に関するセミナーを行う。
佐藤さんは岡山に移住して9年。移住者だった頃の気持ちと、岡山で住む自分のバランスを半々に保つことを心がけているという。移住を考える人の目線に立って考えることを忘れないようにしている。移住への不安や期待、イメージから生まれる誤解なども含めて、同じ気持ちになれることでより良いアドバイスができると考えている。
移住相談会「刀剣と岡山を知る展」は、5月15日から17日の3日間。「とっとり・おかやま新橋館2階」(東京都港区新橋1)で開かれる。
開催時間は15日=13時~18時、16日=10時~18時、17日=10時~16時。