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「せんせの本気」vol.1 「チョコレートから地球環境まで」~山陽学園大学地域マネジメント学部の神田将志教授~

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山陽学園大学地域マネジメント学部の神田将志教授

岡山県内には18大学、8短期大学があり、人口あたりの大学数は京都・石川に次いで全国3位で、学生数は4万人を超えている。(岡山県・2023年)
大学が多く、大学生が多いということは、そこで教鞭を執る教員も多いということ。教授・助教授・准教授・講師など、立場の違いはあれ、教員は学生を指導しつつ、自らの研究を行う研修者でもある。あまり目に触れることのない教員の研究は紛れもない「岡山の財産」。「せんせ」が本気を出したら、どんなことができるのか、恐れ多くも聞いてみることにした。

大事なのは、前と後

編集部
初めまして。こんにちは。神田教授は、以前は広告代理店にいらっしゃったようですね?

神田教授
そうなんです。広告代理店のシンクタンクにいました。行政から依頼を受けて、インバウンドの調査などしていました。そうしている時に、岡山大学のある教員から「いつまで民間でやっているの? 大学院に入りなよ」と誘っていただき、52歳の時に岡山大学大学院に入学して、働きながら学びました。

編集部
広告代理店にいたことが、研究につながっていますか?

神田教授
ありますね。広告代理店にいると、何かプロモーションを行った際に、どんな効果があったのかを常に問われます。ただ、何を持って効果とするかが重要で、「売り上げ」を効果の指標とするのは、あまり良くないのですね。プロモーションと売り上げの因果関係があまりにも複雑だし、変数が多すぎますから。

編集部
確かにそうですね。買った理由はたくさんありそうですものね。

神田教授
もちろん、企業は「売り上げ」を求めるでしょうけど、プロモーションだけで「売り上げ」が増えたかどうか検証しづらい。「買ってみようと意識が変わる」「実際に行動に移した」など、「売り上げ」との間にどのような影響を及ぼせたかを検証するべきでしょうね。

編集部
人の気持ちや行動が、変化をしたかを検証するわけですね。

神田教授
そうなんです。その時に、重要だと考えているのが「縦断調査」。プロモーションをやる前とやった後のなんらかの数値を比べます。多くの場合は、アンケートを採るなどの調査を行うのですが、ここで重要なのは、「前と後で同じ人にアンケートを採る」。これを「縦断調査」と呼びます。

編集部
プロモーション前と後で別の人が答えたアンケートでは、このプロモーションの効果があったのかが分からないということですね。

実際の研究について

神田教授
2024年3月に「防災行動モデルの研究」という論文を書きました。防災には、「家庭」の防災と「地域」の防災があります。そもそも、「しっかり準備しておけば役に立つ」というベネフィット認知と、「準備をしておくのは時間も手間もかかる」というコスト認知、「準備しておけば家族や周りの人は喜ぶだろう」という主観的規範認知が、「身近な情報」や「メディア」から得た情報で作れます。
また、その後に「身近な情報」や「メディア」から得た情報に影響され、「準備しておいた方がいいな、しておこう」という「行動意図」が作られます。「行動意図」だけではまだ防災準備はしていません。ここでまた「身近な情報」や「メディア」から影響を受け、「行動」に変容します。
「行動意図」を作られる情報と、「行動意図」を持った人が「行動」に変わる情報には、影響を与えた情報では違いがあります。

編集部
「行動意図」から「行動」に変容するところ、ここが「縦断調査」しているということですね。かなり興味深い。相手の認知や「行動意図」があるかなど、タイミングによって影響がでる情報と、そうでない情報があるということになりますね。

「家庭と地域における防災行動モデルの研究 : シングルソースデータによる岡山地域の調査結果の分析から」 https://www.jstage.jst.go.jp/article/sanyor/30/0/30_105/_pdf/-char/ja

津山珈琲チョコレート

編集部
最近は、学生たちと「津山珈琲(コーヒー)チョコレート」を作っている印象が強いですが、先生の研究と関連するところがあるのですか?

神田教授
何だか楽しそうにやっているだけに見えてしまっていませんか? 授業の背景には、マーケティングのセオリーを学んで、商品開発をしようということがあります。セオリーだけでは、うまくいかないことがほとんどですが、セオリーはセオリーで知っておく必要がありますから。
例えば、マーケティング戦略であるProduct(製品)、Price(価格)、Place(流通)、Promotion(販促)の4Pフレームワーク、Segmentation(市場細分化)、Targeting(ターゲットの選定)、Positioning(自社の立ち位置の明確化)のSTPフレームを考えながら進めます。
調査をして、ターゲットを決めて、隙間(チャンス)を探す。津山の土産物店を回ってみると、まんじゅうや煎餅の店が主流。洋菓子店がありませんでした。ターゲットを観光客に決めて、津山の蘭(らん)学者・宇田川榕菴が「珈琲」の文字を考案したというストーリー(背景)を使って、「津山の思い出を持って帰れる土産」としてチョコレートを考えました。

編集部
ただおいしいチョコレートを作って、売っているのではないのですね。

神田教授
小ロットで作るので、700円以上で売らないと利益がないことを考えても、ストーリーからのブランディングや観光客が持ち帰れる「津山の思い出」という付加価値をつけないと売れないですよね。地元の人はこんなに高いチョコレートは買ってくれません。
学生には、ベネフィット(便益)をしっかり考え、伝えられるようにと指導しています。「商品やサービスのその先にあるハッピーは何なのか?」を考えるということです。

編集部
とても大切ですね。「その先のハッピー」。

よくあるアンケート

編集部
アンケートってよく答えさせられますが、役に立っているのかなと思うこともあります。

神田教授
世の中にはアンケートあふれていますよね。満足度調査で満足の件数をどんなに集めても、商品やサービスの改善にはつなげられない。気持ちよくなるだけです。改善点もしくは、自分たちの強みがわかるアンケートがいいアンケートだと思いますね。
某ラーメン店でやっているアンケートは良かったですよ。しっかり店の課題が見えてくる、いいアンケートでした。

編集部
そういう目線で見るとアンケートを答えるのも楽しくなりますね。

行政のプロモーション

編集部
岡山県や岡山市がやるプロモーションって、なぜかちょっとモヤモヤするのです。税金が使われているからなのか、これって本当に成果が出ているのかなと考えてしまいます。

神田教授
行政でも民間でも、KPIの設定から、効果の検証まで、もっと関わってみたいですね。どのような効果を狙って、どのような効果を得ていくのか。行政プロモーションの結果が、「移住者数」なんていうのは変数が多過ぎて、効果検証できませんよね。
認知度が上がればいいのか、行動意図が変わればいいのか、実際に行動変容になるのか。どのターゲットに対してのプロモーションで、どういう変容を進めるものかがはっきりしていないと検証も改善もできませんから。

PVに変わるもの

編集部
われわれのような記者・ライターにとってみれば、ネット上で公開される記事について、いまだにPV(ページビュー)がKPIになることが多いのがモヤモヤポイントです。良い記事だから読まれるというのが、良い因果関係だとすると、まず読まれるのではなく、見られる数(読んでいない、もしくはほとんど読んでいない)を増やすことがKPIとなっていることに違和感がありますね。

神田教授
PVがKPIとなることで経済合理性の低い、つまりお金にならないけど、価値のある記事が生まれなくなる。広告というビジネスの限界に来ているのでしょうね。

地球を救え

編集部
今後はどんな研究をしていきたいですか?

神田教授
今は、「カーボフットプリント(CFP)」に興味がありますね。簡単に言えば、商品やサービスが原材料など作られる過程から廃棄されるまでのライフサイクル全体で排出される温室効果ガスを二酸化炭素に換算したもの。その商品がいかに地球に優しいのかが分かる指数になる。
きびだんごの廣栄堂は、CFPをきびだんごに表示し始めましたね。SDGsだとか環境系のことをしても経済的に潤うわけじゃない。だからどうしても後回しにならざるを得ない。しかしながら、どのようにプロモーションすれば、消費者の行動変容につながるかを考えられれば、エシカル消費行動につながるのではないかと考えています。
もう地球が滅びそうなので、何とかしたいという危機感があり、研究したいですね。本質的なことが分かれば、企業側も環境保護を装うグリーンウオッシュも減ると思います。私の好きな坂本龍一さんの遺志を継いでいきたいと思います。

リサーチマップ:https://researchmap.jp/kanda_masashi

(取材・文=岡山経済新聞・松原龍之、取材日:2025年10月9日)

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